【中国における法治主義 2】


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Q1 中国の法の理解のためには、歴史的なものも勉強しておく必要がありますね。

A1 そのとおりです。まずは、中華人民共和国の成立と社会主義法制度の整備(1949年~1978年)について簡単にまとめておきましょうね。法律を知るには、まず歴史を知ることが大切なのね。
1949年に建国された中華人民共和国では、中国共産党の「国民党の六法全書を廃棄し、解放区の司法原則を確定する事に関する指示」により、国民党の「六法全書」(中華民国法)が廃棄され、旧ソ連法の影響を受けて、社会主義法制度が確立されました。
さらに、1954年に第一期全国人民代表大会の第一次会議で「第一部中華人民共和国憲法」が採択され、憲法は中国が新民主主義から社会主義へ至る歴史的な道のりを定めたのです。これにより中国人民の民主政治と人民の民主的法制度を築く新しいステップが示されました。

この憲法の下で、初期には法律の制定と法制の健全化、適法性(「すべての国家機関や公務員が法律に従って事を処理しなければならない」、「もとづくべき法がなくてはならない」、「法があれば必ずこれに従わなくてはならない」)の重視が掲げられましたが、その後の毛沢東や四人組らによるプロレタリア階級文化大革命の中で「政策は法律の魂である」として政治優先の原則が主張され、法律の整備が遅れ長く社会の混乱と経済の低迷がおこりました。

中華人民共和国成立から改革・開放までの社会主義法整備の過程は、

社会主義法整備の過程は、三期に分けることができるよ。
創設・発展期(1949年~1956年)、
停滞・衰退期(1956年~1966年)、
文化大革命の破壊期(1966年~1977年)の三期に大きく分けることができます。



Q2 そのような流れがあったんですね。
  毛沢東の時代は、法整備の観点からいえば破壊だったんですね。

A2 そうですね。そしてその後、改革開放と社会主義市場経済法体系の構築(1978年~1999年)がなされます。続いて説明していきましょうね。中国の社会主義市場経済法体系の整備は急速な発展をとげていきます。
1978年から鄧小平の指導の下で改革・開放政策が導入されて以来、中国では、集権的計画経済体制から社会主義市場経済体制への構造転換が急速に進展しています。法制度も計画経済に対応した法律体系から社会主義市場経済の法律体系への再構築が進んでいます。

1978年12月22日、中国共産党第11期第3回中央委員会全体会議(三中全会)では、「有法可依(従うことのできる法がある)、有法必依(法に必ず従わなければならない)、執法必厳(法を厳格に運用しなければならない)、違法必究(違法行為は必ず追求されなければならない)」という法整備の基本方針が提出されました。

この基本方針のもとで、現行の「憲法」、「刑法」、「刑事訴訟法」、「民事訴訟法」、「民法通則」、「行政訴訟法」などの基本法の制定・修正をはじめ、中国の社会主義市場経済法体系の整備は急速な発展をとげていきます。

統計によると、1978年から1998年2月までの二十年間に、全国人民代表大会とその常務委員会が制定した法律と関連法律問題の決定は327あり、国務院が制定した行政法規は750余、地方人民代表大会が制定した地方的法規は5300余でした。1978年からの20年間に沢山の法律が制定されたのね。
また、国務院の各部門と地方人民政府が一連の行政規則を制定、公布しました。中国法の各分野の基本的な法体系が形成されたといえます。



Q3 先生の説明もだんだん「今」に近づいてきましたね。さらに教えてください。

A3 分かりました。では、続いて1999年の憲法改正と「依法治国」方針の明文化(1999年~2001年)について説明します。だんだん今に近づいてきた!
1997年に開かれた中国共産党第15回全国代表大会(第15回党大会)の政治報告で、「法制」より一歩進んで、「法の下の平等」と政府も法律によって制約されなければならないことを意味する「法治」という表現が初めて登場しました。さらに、「依法治国」(法に依って国を治める)が基本的な治国方策として打ち出され、社会主義法治国家の建設が重要な目標として掲げられました。
「依法治国」が基本的な治国方策として打ち出されました。
この報告を受けて、1982年憲法は、1999年3月の一部改正により「中華人民共和国は依法治国を実行し、社会主義法治国家を建設する」(5条1項)ことが追加規定されました。

ここでいう「依法治国」とは、法律に基づき国家を治めるという意味であり、すなわち、広範な人民大衆が中国共産党の指導の下で、憲法と法律の規定に従って国家事務や経済文化事業などを管理し、すべての国家活動が法に基づいて実行されることを保証して、社会主義民主の制度化・法律化を実現することです。

この憲法上の明文化によって、人治国家と言われる中国独特の制度が放棄され、現代の法治主義が採用され、法治国家へ転換しようということになりました。中国の社会主義民主法制建設が新たな段階に入ったことを示しています。



Q4 いよいよ憲法で、現代の法治主義、法治国家への転換が明文化されたわけですね。
  ここ10年の動きはどうでしょう?

A4 では、WTO加盟と「法治国家」の建設(2001年~)についてお話しましょう。WTO加盟と「法治国家」の建設について説明します。

中国は、高度経済成長の維持を目指して、一層の市場経済化や国際的相互依存の関係を高めるようになり、グローバリゼーションの流れの中で2001年12月11日に世界貿易機関(WTO)に加盟しました。

これにより、中国は、世界貿易の枠組みに組み込まれ、世界貿易のルールに従わなければなりません。 法制度の透明化や司法審査の公平化・合理化など要請されており、法治国家の建設とそれに向けた司法改革が緊要な課題となっています。

したがって、中国は2001年にWTOに加盟してから、多数の経済関係の国内法が改正・廃止され、司法制度が改革され、2010年までに、社会主義市場経済法体系や初歩的な法治国家の枠組みの構築が国家目標として掲げられました。 最近の10年の動きは?



Q5 お話をお伺いしていると、順調に法治主義を進めてきているように感じましたが、
  中国における法治主義に問題点はないのでしょうか?

A5 そうですね。これまでお話させて頂いたように、法律の条文からみれば、1999年の憲法改正によって、中国は数千年の封建社会の「専制」と「人治」を放棄し、現代的な意味の法治主義を採用したといえるでしょう。

21世紀に入り、中国の法制度の整備はさらに加速しています。しかし、現実からみれば、中国は13億の人口を抱え、地域・民族も非常に多様であるため、急速に法治国家になるのは至難の業です。順調に法整備が進んでるようだけど、問題はないの?
確かに30年前に比べると、中国の「法制建設」(法律の制定)は進んでおり、現在は憲法、民法、刑法などの基本法制に加え、物権法、担保法、独占禁止法などの専門法制も制定されています。法制度の整備は先進資本主義国に近づいているといえます。
この法制度によって、人々が日常生活の中で依拠することのできる法的根拠ができたのです。

けれども、「法治国家」に向かってはいるが「人治の国」と言われて久しい中国です。「法制建設」(法律の制定)でその本質が簡単に変化するというものではないでしょう 「法制建設」(法律の制定)がしっかりと行われているとはいえ、法律制度の推進が法治社会の到来を必ずしも意味するものではなく、法治社会構築の過程は、それほど簡単なものではありません。

「法制建設」(法律の制定)は「有法可依(従うことのできる法がある)」という法治主義の前提的問題のみを解決します。法律が定められた場合、有法必依(服従するかどうか)、執法必厳(厳格に適用するかどうか)、違法必究(違法があれば責任を負うかどうか)などの問題はまだ残っています。法治主義の確立までは長い時間がかかりそうです。

したがって、中国は法治国家としてはまだ発展途上で、法治主義の確立まではるかな道のりを残してるといえるでしょう。具体的には、法律整備のほか、次の問題を解決しなければなりません。

第一には、国民権利の保護です。現代的な意味の実質的法治主義は人権保護をその基本的原則とします。2004年には「国家は人権を尊重し保障する」ことが憲法に書き加えられましたが、現実からみれば、人権保護はまだ十分とはいえません。

第二には、国家機関、特に行政機関に対する法的統制です。国民の権利を保護するために、公権力の行使を法的に統制することが必要です。
特に、行政機関に対しては、法治主義は、「法律による行政」(法律にしたがって行政活動を行わなければならない)を要求します。中国政府は法による行政を全面的に推進し、2004年に「法による行政の全面的推進の実施綱要」を公布し、一連の効果的な措置を打ち出し、行政権力の規範と制約を規定し、国民の権利の保護と保障について取り決めました。
しかし、現実の行政からみれば、十分ではありません。

第三には、法律を執行する機関の公正さ・厳格さです。立法より、法の執行は難しい側面があります。中国では、多数の法律が整備されましたが、社会安定の維持と経済発展の必要性から「臨機応変」に法を運用することが少なくありません。
また、司法(裁判)の面では、司法独立、裁判官の資質、裁判所の行政組織、裁判手続、判決の執行および司法腐敗などの問題点が存在しているため、法律の執行が十分とはいえません。

第四には、国民の遵法意識である。中国人の法意識については、一般的に、「中国人には法観念がない」、「契約を遵守しない」、「裁判嫌い」、「紛争処理は友好的協議によることを強調するのは、儒教思想による」などと評されています。

この問題に対して、法学の一般教育を通じて、権利意識、所有権意識、契約意識、訴訟意識などの国民の法意識を向上させなければならないでしょう。



Q6 まだまだ法治主義国家の道半ばというところでしょうか。

ゴールはまだまだ先? A6 そうですね。中国は人治国家ではありませんが、法治国家の発展途上で、法治主義の初期段階にあるといえるでしょう。

中国政府は、「依法治国」(法に依って国を治める)の方針を出し、法治国家建設を推進すると誓いました。法治主義に転換している現状からみれば、近い将来、日本のような法治国家になることが期待できると思います。

現在の中国では、法律は万能ではないが、軽視してはいけないものになってきています。
したがって、中国ビジネスをしている、または、しようとする日本企業や個人にとって、単に所管機関の行政機関との良好な関係を構築するに留まらず、中国ビジネス法令の内容や実際の法運用・法実務に関する知識や経験は、中国ビジネスを円滑に進める上で不可欠なものとなっていますよ。十分に心してくださいね。 法治国家の発展途上とはいえ、中国でビジネスをする際は十分に注意してくださいね。